指導と評価の分離

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tatenyon様からのご紹介
http://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20050519
途中まで読んで「そういうこと?」と思ったが、そう締めくくられていてちょっと嬉しかった。
今の会社での仕事の整理具合を考えると色々壁は高そう…

大学・院時代にハラスの実体験はないが、院のいじめとはそういう世界なのだろう。
実体験としてのいじめは中学中心なので、評価云々の世界とはまたちょっと違った、人間の根源と大人の世界が入り交じった、不安定なものだった感じがする。
うーん、何を書けばいいか整理できないくらいいろいろ感じるところはある気がするが、今認識できることとしては、ぼくが見聞きした世界だと、密室の息苦しさと均質への強い要求が関連している気がする…
中学の先生はみんないい先生だったと思うし、均質への要求も感じなかったが、むしろ子供たちがそれを要求していた。
高校は強い個が大規模に入り乱れるような別世界だった。
うーんうまくまとまらず…

親戚の校長先生が「子供はかわいいけど残酷」と言ったのを聞いた時、強い信頼を覚えた。

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このページは、Airが2005年5月21日 02:26に書いたブログ記事です。

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