ケータイのPC化が言われて久しい。そのうちどんなアプリもdownloadできてconfigureableになるのだろう。
Windowsではそれでみんなハッピーなのだろうか。
機能向上によるアプリ-アプリ間, アプリ-OS間の結合度が上がると、インターフェースの不整合が起こりバージョン間競合が起こる。誰かの進化を止められればいいが、そうもいかない。口の形だけ合わせればいいかと言えば、機能をステートフルに実装すればそれぞれのコンテキストに依存するのでこれまたそうもいかないかもしれない。
だいたい、WindowsUpdateすら誰もできないのだ(壊れたら直せない)。
…という世界がケータイにやってきたらどうなるのだろう。ユニバーサルサービスをどう考えるかというところにも関わってくる気がする。
結局、今の買い換えのライフサイクルを考えると、端末リリースというスナップショットで垂直統合に作ったほうがユーザーメリットが出るのだろう。それは、ユーザーの買い換え需要とコストのバランスが維持できればの話…
ユーザーの興味が薄れてくると、需要に対して端末の製造コストが合わなくなってきて、端末のライフサイクルが長くなる。そうすると、端末内での垂直統合による機能提供が難しくなるので、世の中の技術進化に合わせるためにおのおののソフトウェアを進化させる。その時、コンテキストの不整合による混乱が起こる…(現状のWindowsもなんだかんだ言って結局みんな使ってるので大丈夫という話もあるが)。
端末のPC化というのは、アプリがダウンロードできるということより、これが電話という歴史の中で受け入れられる事態なのかということと、特にアプリ間やデバイスとの連携がウリのケータイにおいてスナップショットでのvalidationを誰がどう取るのか(または取らなくてもよいのか)という話な気がしてきた…
きっとキャリアの形態が劇的に変化してしまえば問題ない話かもしれない。既存のビジネスモデルにとらわれた発想か…
あれえぇ、もうちょっといい結論を思いついていたのだけど、忘れてしまいました。
ぼく自信頭整理できてないし…
きょうはこのへんでやめとこう。